すばるくんのことを考えるわたしのこと

まず最初に、この記事はわたしの気持ちをつらつら書いただけであって、だれがの悲しみや寂しさや怒り、その他の感情を否定したり非難したりしようとするものではありません。たまたまわたしはこういう考え方をするだけなので、これを読んでしんどいなと感じた方は、あえてこれらを受け入れる必要も理解する必要もありません。なんか変なものを読んでしまったなと、さらさらと流してしまってください。この時点でやばいかもと思ったら引き返してください。しんどいときに、わざわざ自分をさらにしんどくさせる必要はありません。

 

 

信じているという言葉は脅迫でもあるということにふと気づいたのは東方神起がきっかけだった。もともと東方神起は5人だった。そこから3人が脱退した。ファンクラブに入った1か月後くらいのことだった。脱退というか事務所に搾取されていましたという訴訟を起こしたかなんだかだったけど詳しいことは忘れた。結果としては脱退だった。

その後、脱退したメンバーのひとりが事務所に対する恨みつらみとも読み取れるような事柄を書き連ねた曲を発表して批判された。わたしが当時いちばん好きだったメンバーだった。なんかいろいろ混乱した。わたしが見ていた笑顔たちはみんな嘘だったのかなとか。いろんなことを考えた。分裂のニュースが出たあと、それらが決定的なことになったあと、いつかまた5人が並んで歌う姿や、はしゃぎ散らかしている姿が見たいなと思ったけれど、彼らの選択はそうではなかった。だから、心のなかでそれを望んでいたとしても、それを彼らに押し付けることはできないなという結論に至った。けれど、脱退した3人や、東方神起を続けている2人をそのまま受け入れて応援し続けることもできなくなった。どちらもわたしが好きだった東方神起ではなかったからだった。文章で書くとあっさりしてるけれど、3年ぐらいアップダウンを繰り返してた。バカみたいだけど。今でも5人の東方神起のDVD見てると突然かなしくなったりすることもある。バカみたいなのはわかってるんだけど。

「信じてるから」と誰かに言うことは、その人に対して「わたしの期待を裏切るようなことはしないよね?」という脅しになっているのではないかというようなことを考えるようになったのは彼らがきっかけだった。だから、そのあとに好きになったグループにはそういう考えを持たないように気を付けた。メンバーがどんな選択をしようと、それはその人が考えて出した結論なのだから、それを尊重しようと思った。それが自分の意に沿わないものでも。

12月18日、そんな考えを持ちながら長く見たり聴いたりしてきたグループのメンバーのひとりがこの世を去った。自分の意志で。うつという病気だったから厳密には自分の意志とは言えないのかもしれないけれど、だけど、事故や病気ではなかった。綿密に計画立てられた自死だった。いまだに彼の不在に慣れることもそれを受け入れることもできない。もう彼の歌声を聴くこともできない。彼の姿を見ることもできない。だけどそれもまた彼の選択だった

こういうことがあったからなのか、すばるくんがグループをやめて音楽を勉強することにしたというニュースを聞いたときは、あんまり悲しくはなかった(ような気がする)。言い切れないのは、たぶんしばらくは気持ちがコロコロ変わるだろうことを知っているから。でも、事務所に抗って脱退という感じでもないから、この先の芸能活動でわざと潰されるみたいなこともないだろうなとか、そんなことを冷静に考えた。メンバーと話し合いもして、会見で自分たちの口からいろんな経緯を説明することもできていて、何より脱退の理由はほかでもない音楽で、「納得」できないことは別になにもなかった。(とりあえず海外で音楽勉強する、っていうのがふわっとしすぎてて、すばるくんとしてはどんなことを勉強したいとかどこで勉強したいとか誰から勉強したいとか、そのあたりどこらへんまで具体的に決まってるんやろっていうのはあったけど)

6人の関ジャニ∞を受け入れられるかはわからないけれど、それは所詮アイドルを娯楽として消費するわたしのエゴでしかない。ただ、そんなわたしのエゴもわたし自身にとっては大事なことだということも知っている。6人の彼らを受け入れられなかったら、かなしいけれど、わたしはたぶん関ジャニ∞から興味を失っていくと思う。もはやわたしの人生の一部のようになってしまったグループとは違って、関ジャニ∞はまだわたしの人生からギリギリ切り離そうと思えば切り離せるものだから(と言ってしまうのはどこか寂しいけれど)。6人でも受け入れられたら、たぶんまたそのままふわっとグループの活動を見続けるんじゃないかと思う。今の時点ではなんとも言えないけど、わたしにとって関ジャニ∞の要だったすばるくんがいなくなるのはやっぱり大きなことではあるので、かなしいけれど、前者になるのかもしれないという予感はある。

自分の好きなひとたちをもう好きでいられなくなることのかなしさはもうあんまり味わいたくないけど、関ジャニ∞にハマってからの2年弱はめちゃくちゃに楽しかったし、その楽しい思い出とかはこれからも楽しいまま。オチはない。