あの日の渋谷すばるの話:8/5 関ジャニ's エイターテイメント ジャム@ナゴヤドーム

渋谷すばるに、もはや一種の畏れをも抱いた。信者みたいだなあと自分でも思うけど、2日経った今でも思い出すと、少し泣きそうになってしまう。序盤からポエム。たぶん最後までポエム。数週間後に読み返して削除したくなる可能性を承知であえて書き残しておきたい。たぶんこんな気持ちになることってめったにない。

席に着いたら真正面に丸山隆平のアンプ。ここに丸ちゃんが!と興奮したけど、いざ蓋をあけてみると、渋谷すばるしか見てなかった曲がいくつもあった。見てなかったというよりも目をそらせなかったと言ったほうが正しい。ちっちゃくて華奢な体にパワーを漲らせ、大きな目をぎょろつかせ、ときには眉をしかめたりしながら、自分の体からすべてをしぼり出すように、伸びやかな声をドームに響かせる渋谷すばる。目が離せなくて、泣きそうだった。

いちばん印象に残っているというか忘れられないのは3曲目、宇宙へ行ったライオン。High Spiritsからの勝手に仕上がれで楽しく格好良く来てるところに、突風が吹き抜けるようなイントロ。この曲がセットリストに入っていることは知ってたし、っていうか大阪で既に2回聴いてたし。でも、うまく言えないけど何かが違った。それはたとえば音響の違いとか私自身の心構えからくるものなのかもしれないし、丸山隆平アンプ前とかいうバカみたいな位置からくるものなのかもしれないけど、渋谷すばるの薄い体から放たれる殺気立った、切羽詰まった、切実でいてよく通る声に心臓をぎゅうと掴まれた。あのときの感覚を言語化するのはすごく難しいけど、ぎゅうと掴まれたという文字列にしてしまうと、いろんなものが抜け落ちてしまうけど、その掴まれた感覚は、こう、なにかとても大きなものが私の心臓をかるい力でひねりつぶした、というようなものではなくて、獰猛な肉食獣が自分よりも大きな獲物に食らいついて離さないときのそれに似ている気がする。熱気と興奮で体中が火照ってめちゃくちゃ汗をかいてたのに、鳥肌が止まらなかった。

私は音楽というものがバカみたいに好きで、好きだ。いろんなものを聴いたりしているうちにいろんな音楽が好きになって、手当たりしだい、とにかく音楽をたくさん聴いてきた。ライブにもそれなりに行ってきた。ひたすらに踊って踊るライブにも、ゆらゆらと流れる音楽に身を任せるだけのライブにも行った。そして、いつからだったかは覚えてないけど、曲中で、ある種の恍惚と絶頂がないまぜになったような高揚感を経験するようになった。それは単純なリズムの繰り返しでトランスする気持ちよさとは違っていて、たとえばギターソロとかベースソロとか、奏者が楽器をギュンギュンいわせてオーディエンスを盛り上げるようなときに経験した感覚。高まっていくギターとかベースの音にあわせて、こっちの気持ちもどんどん高みに上ってって、てっぺんに着いた瞬間、パン、と何かがはじけて、緊張とも多幸感とも言えない感覚におそわれる。音が私の体をコントロールして、聞こえてくる音と一緒にてっぺんまで上って行くような感覚。

 宇宙へ行ったライオンで経験したのはそれのひどいやつだった。てっぺんにたどりついても、肉食獣は私の心臓に噛み付いたまま離れてはくれなくて、物理的な意味で体はずっと緊張状態で、ばかみたいな力で拳を握り締めていた。舞台の上にいる渋谷すばるも、それと同じような感覚を今まさに経験しているかのように、私には見えた。音に支配されているというよりもはや音に命を預けているみたいに、音とひとつになって体をこわばらせながら、線の太い声で空に吼えていた。

書きながら、宗教にハマる人ってこんな感じなのかもしれない、という考えも浮かぶけど、あの瞬間、たしかに渋谷すばると何かを共有したような感覚がした。思い返せばそれは目の前の視界のほとんどがバンドセットに占められていたからという凡庸でくだらない理由からくるものなのかもしれないけど、あのときのてっぺんの景色とか感覚は、たぶんこの先しばらく忘れられないものになる。この先も、渋谷すばるの切実で力強いあの声に噛み付かれていたい。

おわり