クリープハイプの話

関ジャムにクリープハイプ尾崎世界観が出演した。放送はまだ見てないけど、ジャニオタばかりフォローしたアカウントのタイムラインをちらりと見た。クリープハイプってこんな反応が起きるバンドだったっけ? みたいな、言い換えれば好意的な反応がたくさん並んでいて、驚いた。

私にとってクリープハイプは、中学時代に出会ったいくつかのバンドほどの衝撃はなかったにしろ、これまでの人生のなかでそれなりに意味を持ったバンドで、それなりに長いこと好んで曲を聴いて来たしライブにも足を運んで来た。私は好きだった。でも、クリープハイプに対する評価といえば「下ネタ」「セックスしよう」「ボーカルの声がキモい」「歌詞が暗い」「メンヘラ御用達」とかそういうものばかりで、好意的な評価に出会ったことはあんまりなかった。それでもどんどんライブをするハコのキャパが大きくなっていくから、彼らが売れているんだということは実感していた。でも、それは当時所属していたビクターが、タイアップをつけたりしてうまく売り出せただけのことだと思っていた。

彼らのどこが評価されていたのか、さっぱり分からなかった。私が彼らの曲を好きな理由も、よく分からなかった。

だから、彼らがわかりやすい言葉や態度で好意的に評価されているのを見て、すごく変な感じがした。それはもう「気持ち悪い」と言ってもいいぐらいの気持ち。自分が好きだと思うものが大勢の人たちに知られたくない、だから、大勢の人たちがそれの存在を知って、前向きの評価をしたときに、あまのじゃくになって、あいつらは〜と語り出す人たちがいる。たしかに私も「大勢の人には知られていないこと」に価値を見出していた時期があった。でも、クリープハイプに対して抱いているのはそれとは全く別の感情だと思う。うまく説明できない。

たとえば、私がすごくクセの強い食べ物を好んで食べているとする。その食べ物は最初はあまり知られていないけれど、だんだんとポピュラーになっていく。だけどその過程で私が目にするのは、食べ物のクセの強さに対する悪口ばかり。だから、その食べ物を好きな人なんてそんなにいないんだろうと思うようになって、まわりに薦めることもしなくなっていく。そうしてしばらくひとりで食べていたら、ある日、テレビでクセの強さやその他の特徴がこれまで目にしていた視点とは全く別の視点から切り取られ、とても好意的に紹介されていた。しかも、たまたま自分のまわりにいた人たちが、口々に私もその食べ物が好きだと言い合っている。クセが強いせいで食べる人を選ぶ食べ物だと思っていたのに、いつの間にかありふれたみんなの好物になっていた。そんな感じ。

いつもはこんな感じじゃないのにクリープハイプの話になると尾崎世界観の卑屈な感じが移っちゃうのどうにかしたいな(責任転嫁にも程がある)。

50人も入らないんじゃないかってくらいの小さいライブハウスから、ひとつずつ階段をのぼっていく彼らを見ていたときに「この人たちは上までのぼっていくのだろうか、それとも、いつかまたここに戻って来てしまうのだろうか」みたいなことを何度も考えた。でも、たぶんもうそんなことは考えなくていいんだろうなって、ほんとにめんどくさい古参みたいなことを考えている。ライブのチケットはすっかり取りづらくなったけど、大阪に来たらそのときはまた観に行く。

おわり